シリーズ第1回では、着任直後の1か月を関係構築に投資する重要性を解説しました。第2回となる今回は、転勤者が最も踏みやすい地雷——「前の職場ではこうだった」という発言と、そこから生まれる押しつけがましさについて扱います。
着任から数か月が経ち、業務にも慣れてきた頃。ここで一番やりがちな失敗が、前任地のやり方を無自覚に「正解」として持ち込んでしまうことです。
なぜ「前の職場では」が嫌われるのか
新しい職場のやり方が非効率に見えることは、転勤者にはよくあります。紙の書類が多い、承認フローが長い、システムが古い——前任地と比べて「もっと効率的なやり方があるのに」と感じる場面は少なくありません。
しかし、そうした一見非効率に見えるローカルルールには、たいてい理由があります。過去に大きなミスやトラブルがあり、その再発防止として今のルールができた。その土地や取引先特有の事情があって、標準的なやり方が通用しない。人員体制や設備の制約上、今のやり方が現実的な落としどころになっている——こうした背景は、着任したばかりの人間には見えません。
その背景を知らないまま「前の職場ではこうでした」「もっと効率的なやり方がありますよ」と発言すると、相手には提案ではなく否定として伝わります。積み重ねてきた工夫や、過去の失敗から学んだ知恵を、事情も知らない人間に頭ごなしに否定された——そう受け取られた瞬間、その人は「本社から来て現場を引っかき回す人」というレッテルを貼られます。一度このレッテルが定着すると、その後どんなに的確な提案をしても、まず警戒された状態からのスタートになってしまいます。
実体験:着任2か月目にやってしまった失敗
筆者自身、赴任してすぐの頃にこの失敗をしました。前任地では当たり前だった承認フローを引き合いに出し、着任してわずか2か月で「このやり方は非効率だと思います」と会議の場で発言してしまったのです。
その場の空気が一瞬で変わったのを今でも覚えています。誰も反論はしませんでしたが、その後しばらく、明らかに周囲との距離を感じるようになりました。後になって、そのやり方が数年前の大きなクレーム対応をきっかけに作られたルールだったと知りました。事情を知らずに口にした一言が、その場を仕切ってきた人たちの積み重ねを踏みにじる発言になっていたのです。
この経験から学んだのは、「効率的に見えるかどうか」と「実際に変えるべきかどうか」は別問題だということです。そして、変えるべきだと思うことがあっても、伝え方次第で受け取られ方がまったく変わるということでした。
改善提案を通すための4つの手順
前任地のやり方を持ち込むこと自体が悪いわけではありません。問題は、背景を理解せずに、伝え方を誤ったまま提案してしまうことです。以下の手順を踏むことで、同じ提案でも通りやすさが大きく変わります。
手順①:まず3か月は観察し、背景を聞く
着任してからしばらくは、改善提案をする前に、今のやり方がなぜそうなっているのかを聞いて回る期間にあてます。「このやり方は昔からですか」「何かきっかけがあったんですか」と尋ねるだけで、多くの場合、その背景を教えてもらえます。目安として3か月程度は、提案よりも理解に時間を使うつもりでいると、無自覚な地雷を踏むリスクを大きく減らせます。
手順②:否定ではなく質問の形で切り出す
いざ提案するときも、「このやり方は非効率です」という断定形ではなく、「これは何か理由があってこの手順になっているんでしょうか。もし特に理由がなければ、こういうやり方もあるかもしれないと思ったのですが」という質問の形で切り出すと、相手は防御的にならずに話を聞いてくれます。断定は否定として受け取られますが、質問は対話のきっかけになります。
手順③:キーパーソンに事前に相談してから会議に出す
第1回でも触れた「実務を握っているベテラン」「情報が集まる事務職の方」といったキーパーソンに、会議の場でいきなり提案をぶつけるのは避けるべきです。事前に個別で「こういうことを考えているのですが、どう思いますか」と相談し、意見をもらっておくことで、会議の場では「〇〇さんにも相談したのですが」という形で提案でき、唐突感も反発も大きく減らせます。事前相談は、根回しというよりも、提案の完成度を上げるための重要なプロセスと捉えるべきです。
手順④:自分の手柄にしない
提案が採用された後も、「自分が変えた」という手柄の主張は避けるべきです。「〇〇さんに相談したら、こういう形なら試せそうだという話になって」というように、周囲の関与を含めて語ることで、変化が「外から来た人間による押しつけ」ではなく「みんなで作った改善」として受け止められます。この違いは、その後の職場での信頼関係に大きく影響します。
視点の転換:前任地のやり方は「正解」ではなく「別の環境での最適解」
この一連の手順の根底にあるのは、ひとつの視点の転換です。前任地で効率的だったやり方は、絶対的な正解ではありません。それは、前任地という特定の環境——人員体制、取引先、設備、これまでの経緯——のもとで最適化された、ひとつの解にすぎないのです。
今の職場には、今の職場なりの環境があり、その環境のもとで積み重ねられてきた、別の最適解があります。どちらが優れているかではなく、環境が違えば最適解も変わるという前提に立つと、「前の職場ではこうだった」という発言は、そのまま押しつけにはなりません。「前の職場ではこういう形で最適化していたのですが、こちらの環境だとどんな形が合いそうですか」という、対話の材料に変わります。
この記事で挙げた「断定ではなく質問で切り出す」「否定に聞こえない言い換え」は、いずれも伝え方の型です。感覚に頼らず型として身につけておきたい場合は、伝え方を体系的に扱う講座で学ぶ方法もあります。
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まとめ:提案の中身より、届け方が信頼を左右する
- 非効率に見えるローカルルールにも、たいてい過去の失敗やその土地の事情という背景がある
- 背景を知らずに否定すると、「本社から来て引っかき回す人」というレッテルを貼られる
- 改善提案を通すには、①3か月は観察して背景を聞く、②否定ではなく質問の形で切り出す、③キーパーソンに事前相談してから会議に出す、④自分の手柄にしない、という手順を踏む
- 前任地のやり方は「正解」ではなく「別の環境での最適解」に過ぎないという視点を持つ
次回は、「単身赴任は飲み会を断りにくい——付き合いの線引きと、角の立たない断り方」について解説します。
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