単身赴任と聴くと、多くの人が身構えるのは仕事や家事の大変さかもしれません。でも実際に一人で暮らし始めて初めて実感する不安のひとつが「防犯」です。この記事では、赴任先で実際に体験した「ヒヤリとした出来事」と、そこから防犯に対する意識がどう変わっていったかを、体験談としてまとめました。チェックリストには載らない、日々の暮らしの中で気づいた防犯のリアルをお伝えします。
「大丈夫だろう」と思っていた最初の数週間
単身赴任が決まったとき、正直なところ防犯についてはあまり深く考えていませんでした。実家暮らしや家族との同居が長かった自分にとって、「鍵をかける」という行為自体、それほど意識してやってきたことではなかったからです。誰かが家にいる生活が当たり前で、玄関の鍵は「かかっていて当然」のものでした。
赴任先での新生活が始まってからも、最初の数週間はその感覚のままでした。荷解きや手続きに追われ、防犯のことなど考える余裕もなかったというのが正直なところです。「都会でもないし、変な事件も聞かないし、まあ大丈夫だろう」——そんな根拠のない安心感を抱いていました。
深夜、物音で目が覚めた夜
その安心感が崩れたのは、赴任してひと月ほど経ったある夜のことでした。
深夜、外階段を誰かが上がってくる足音で目が覚めました。単身赴任先のアパートは各部屋の玄関が外廊下に面したタイプで、隣近所の生活音が思いのほかよく聞こえる造りだったのです。足音は自分の部屋の前で一瞬止まり、そのままゆっくりと通り過ぎていきました。
おそらく単に隣の部屋の住人が帰ってきただけだったのだと思います。でも、あのときの心臓の音は今でもはっきり覚えています。真っ暗な部屋で一人、物音の正体を確かめる術もなく、ただ息をひそめて音が遠ざかるのを待つ——あの感覚は、家族と暮らしていたころには一度も味わったことのないものでした。
一人であるということは、何かあったときに頼れる相手がその場に誰もいないということでもある。当たり前のことなのに、その夜初めて、身をもって実感した気がします。
「宅配業者」を名乗るインターホンへの違和感
もう一つ、忘れられない出来事があります。平日の昼間、在宅勤務をしていたときに鳴ったインターホンです。モニター越しに映ったのは制服らしきものを着た人物でしたが、何となく言葉遣いや態度に違和感がありました。注文した覚えのない荷物の話をされ、「サインだけでいいので」と急かすような口調。
結局、「家が違います」と言ってやり過ごしましたが、あとから調べると似たような手口の報告がいくつか見つかりました。一人暮らしだと分かった上で在宅時間を狙う、あるいは在宅かどうかを確認するための行動だったのかもしれません。真相は分かりませんが、「知らない相手にドアを開けない」という、当たり前だけれど徹底できていなかった習慣の大切さを痛感した出来事でした。
防犯グッズよりも先に変わったのは「意識」だった
これらの出来事のあと、防犯フィルムや補助鍵といったモノを揃えるよりも先に変わったのは、自分自身の「意識」でした。
たとえば、それまでは「面倒だから」と後回しにしていた施錠を、外出時は数十秒でも必ず確認するようになりました。インターホンには基本的に映像で確認してから応答し、少しでも違和感があれば居留守を選ぶことに躊躇しなくなりました。夜、鍵を閉め忘れていないか不安になったら、面倒でも玄関まで戻って確認する。こうした一つひとつは地味な行動ですが、「自分の身は自分で守るしかない」という前提に立つと、自然とできるようになっていきました。
一人だからこそ、「誰かに話す」ことも防犯になる
これらの出来事のあと、防犯フィルムや補助鍵といったモノを揃えるよりも先に変わったのは、自分自身の「意識」でした。たとえば、それまでは「面倒だから」と後回しにしていた施錠を、外出時は数十秒でも必ず確認するようになりました。インターホンには基本的に映像で確認してから応答し、少しでも違和感があれば居留守を選ぶことに躊躇しなくなりました。夜、鍵を閉め忘れていないか不安になったら、面倒でも玄関まで戻って確認する。こうした一つひとつは地味な行動ですが、「自分の身は自分で守るしかない」という前提に立つと、自然とできるようになっていきました。面白いのは、こうした習慣が身につくと、逆に安心感が増したということです。以前は漠然とした不安を抱えたまま暮らしていましたが、「自分はやるべきことをやっている」という感覚があると、同じ一人暮らしでも心持ちがまったく違います。防犯は、モノを揃えることだけでなく、日々の小さな行動の積み重ねが土台になるのだと、身をもって学びました。こうした意識づけに加えて、留守中や就寝中の見守りをもう一段強化したいと感じる場面も正直ありました。鍵や施錠の工夫だけでは不安が残るという方には、セコムホームセキュリティのように24時間体制で異常を検知してくれるサービスを検討してみるのもひとつの手だと思います。
もう一つ、単身赴任を通じて気づいたのは、防犯は必ずしも一人で完結させる必要はない、ということです。
不審な出来事があったとき、最初は「気のせいかもしれない」「大げさに騒ぐことでもないか」と、誰にも言わずに自分の中だけで処理しようとしていました。しかし、あるとき何気なく職場の同僚に話してみたところ、「このあたりは夜、人通りが少ない道があるから気をつけたほうがいい」といった、その土地に住んでいるからこそ知っている情報を教えてもらえました。
一人暮らしだと、不安や違和感を共有する相手がどうしても少なくなります。だからこそ、意識して周囲との接点を持ち、ちょっとした出来事でも言葉にしてみることが、結果的に自分を守ることにつながるのだと感じています。近所付き合いが薄くなりがちな単身赴任先でも、職場の人でも、家族への電話でもかまいません。「話す」という行為そのものが、孤立を防ぎ、危険を察知する感度を保つことにつながるのだと思います。
おわりに——防犯は「特別な対策」ではなく「暮らし方」
単身赴任を始める前は、防犯というと、鍵や防犯カメラといった「モノ」の話だと思っていました。しかし実際に一人で暮らしてみて分かったのは、防犯とは特別な対策を導入することよりも、日々の暮らし方そのものに関わる話だということです。
誰も見ていないからこそ気を抜きがちな施錠、誰も注意してくれないからこそ流されがちな来訪者への対応、そして誰にも話さないからこそ抱え込みがちな小さな不安。これらすべてに、少しだけ意識を向けること。それが、単身赴任という「一人であること」を前提にした暮らしの中で、自分自身を守る一番の方法なのだと思います。
もし今、単身赴任を控えていて防犯のことをあまり意識していないという方がいれば、どうか他人事だと思わないでください。私自身がそうだったように、「大丈夫だろう」という根拠のない安心感は、思いのほか簡単に崩れてしまうものです。


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