「単身赴任は暇でいいね」と言われて黙った|暇のつらさが家族に伝わらない理由と、説明をやめてから楽になった話

家族・コミュニケーション

単身赴任の暇には、もう一つ厄介なところがあります。家族に伝わらないことです。

結論から言います。伝わらないのは、言葉が足りないからではありません。お互いに見えている量が、違うだけです。 その仕組みを先に書いて、そのうえで説明をやめた後にやった3つのことまで書きます。

「そっちは気楽でいいね」と言われた夜

赴任して半年ほど経った頃の、電話でのことです。

金曜の夜でした。私はその日も定時で上がって、部屋で洗い物を終えたところでした。

妻がその日一日のことを話していました。子どもの習い事の送り迎え、急な発熱、置きっぱなしの洗濯物。ひととおり話し終えたあとで、こう言われました。

「そっちは気楽でいいね」

悪意はありません。事実として、私の一日は静かでした。定時で帰って、買ってきたものを食べて、あとは何もしていない。

それでも、その日の私はうまく返事ができませんでした。

言い返す言葉がなかったわけではありません。ただ、何を言っても言い訳になりそうでした。実際、家事の量で比べれば、私の一日のほうが軽いのです。

気楽と言われれば、そのとおりです。ただ、私が困っていたのは、まさにその静かさのほうでした。何もしなくていい時間が、毎晩3時間ある。その時間に押されている感覚を、どう言えばいいのか分かりませんでした。

結局、「まあね」と言って電話を切りました。

伝わらないのは、見えている量が違うから

あの電話のあと、しばらく考えて分かったことがあります。

家族に見えているのは、私の一日から差し引かれたものです。送り迎えがない。急な呼び出しがない。夕食を人数分作らなくていい。減った項目は、外からはっきり見えます。

一方、私に見えているのは、残った時間の中身です。

何をしてもいいけれど、何をしても誰にも影響しない3時間。これは外からは見えません。時間が空いていることは見えても、その空き方までは見えないのです。

時間が空いていること自体は、たしかに恵まれています。問題は、その時間に形がないことでした。仕事なら締切があり、家庭なら誰かの予定があります。一人の夜には、その両方がありません。

暇は、外から見ると自由に見える。中から見ると、形のない時間でしかない。

つまり、どちらも正しいことを言っています。同じ一日を、別の側から見ているだけです。

そして、見えている量の差は、言葉では埋まりません。 どれだけ丁寧に話しても、相手の側に無い情報は渡らないからです。

念のために書いておくと、この非対称はこちら側にもありました。

私にも、妻の一日は見えていません。子どもの発熱で予定が全部ずれた日の、その後の立て直しまでは想像できていない。電話で聞くのは、片づいた後の要約だけです。

見えていないのはお互い様で、どちらかが冷たいわけではありませんでした。

説明するほど、溝は深くなった

それでも私は、しばらく説明を試みました。

一人の夜がどれだけ長いか。休日に誰とも話さない週があること。仕事以外の予定が入らないこと。話せば分かってもらえると思っていました。

結果は逆でした。

一度、「こっちは話し相手もいない」と言ったことがあります。返ってきたのは「私も大人と話してないよ」でした。どちらも本当のことで、どちらも相手には届いていません。

妻からすれば、自分の一日はもっと詰まっています。そこへ「こちらもつらい」と重ねられると、大変さを比べられているように聞こえます。私にその意図はありませんでしたが、聞こえ方はこちらで選べません。

何度か同じやり取りをして、電話が短くなりました。

つらさを説明するのは、相手に採点をお願いしているのと近いのだと気づきました。

説明をやめて、代わりにやった3つのこと

分かってもらうことを、目標から外しました。代わりに置いたのが次の3つです。

  • 「暇」という言葉を使うのをやめる
  • 感情ではなく、出来事を1つ送る
  • 分かってもらう相手を、家族の外にも作る

3つとも、相手に何かを求めるものではありません。こちらの言い方と、渡すものを変えるだけです。だから相手の機嫌や忙しさに左右されずに始められました。

1:「暇」という言葉を使うのをやめた

これがいちばん効きました。

「暇だ」と言うと、家族には「余裕がある」と翻訳されます。単語が持っている意味と、こちらの実感がずれているのです。

代わりに、事実だけを言うようにしました。「今日は誰とも話さなかった」「夜は本を読んでいた」。感想を付けません。

つらいかどうかの判定を、相手に渡さないということです。

最初のうちは、つい口に出ました。「今週は暇でさ」と言った直後に、妻の声が少し硬くなるのが分かります。単語ひとつでこうも変わるのかと思いました。

不思議なもので、事実だけを言うようになってから、妻のほうから「一人だと静かすぎるでしょ」と言われることが増えました。こちらが判定を求めないと、相手が自分で想像してくれるようです。

2:感情ではなく、出来事を1つ送った

毎日でなくてかまいません。私は写真を1枚送るくらいで足りました。

赴任先で見つけた店。作った夕食。窓から見えた天気。それだけです。

条件が1つあります。返事を求めないことです。返事を求めると、相手の一日にもう1件の用事を足すことになります。既読が付かない日があっても、こちらは気にしない。

続けるコツは、送る時間を決めないことでした。撮った瞬間に送る。あとで送ろうと思うと、その日のうちに送らなくなります。

半年ほど続けた頃、妻から返信ではなく、向こうの写真が送られてくるようになりました。夕飯の写真です。

これは連絡の頻度を上げる話ではありません。共有するものの種類を、つらさから出来事に替える話です。

3:分かってもらう相手を、家族の外にも作った

家族に全部を担わせるのをやめました。

社内に同じ立場の人が何人かいたので、そちらで話すようにしました。同じ立場の相手には、説明が要りません。「夜が長い」で通じます。

前提の説明をしなくていいというだけで、こんなに軽いのかと思いました。

社内に見つからない場合もあると思います。私の場合はたまたまいましたが、いなければ趣味の集まりでもよかったはずです。

条件は「単身赴任だと説明しなくていいこと」ではありません。今日あったことを、比べずに話せることでした。

これは家族を諦めることではありませんでした。むしろ、家族との電話から重い話が減って、普通の会話が戻ってきました。

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まとめ|分かってもらうのをやめると、伝わることが増える

  • 暇のつらさが伝わらないのは、言葉不足ではなく、見えている量が違うから
  • その差はお互い様で、どちらかが冷たいわけではない
  • つらさを説明すると、大変さを比べているように聞こえてしまう
  • 「暇」という単語は使わず、事実だけを言う
  • 感情ではなく出来事を1つ送る。返事は求めない
  • 分かってもらう相手を、家族の外にも作る

どちらが大変かを決める必要は、そもそもありませんでした。説明をやめた年から、私は電話が苦ではなくなりました。分かってもらおうとしていた頃より、結果として伝わっている気がします。

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